「動き始めた復興計画・仙台」

河北新報シリーズ記事

(1)新たな不安(仙台市宮城野区・白鳥地区)/条件付き、現地に再建
 

  
河北新報2011年10月04日火曜日
 
 仙台市の震災復興計画の中間案が示された。津波の浸水シミュレーションを基に集団移転と建築制限を求める
計画は、被災した東部地域の生活にどんな影響を与えるのか。各地域で住民の声を聞いた。(5回続き)
 
<台風で再び浸水>
 
 台風15号が宮城県内に最接近した9月21日、宮城野区白鳥2丁目は道路冠水した。冠水は70〜90センチに
達し、車を高台に避難させるなど、住民は対応に追われた。
 「水害は津波だけではないことを思い知らされた」と白鳥2丁目の住民でつくる中野新町町内会の阿部武雄会長
(68)。大型台風の来襲は住民の危機意識を喚起させた。
 25日、市が白鳥地区3町内会を対象に開いた東部地域まちづくり説明会。約200人の住民が詰め掛け、市の
説明に耳を傾けた。
 「地盤沈下し、台風でも浸水した。集団移転の対象にならなくても本当に大丈夫か」。白鳥2丁目の男性は、同地
区が集団移転の対象から外れたことに不満を募らせた。
 
<2階以上求める>
 
 地区には高さ約1メートル超の津波が襲ったものの、約1200世帯の住宅は流失を免れた。
 「大半の住民の希望は現地再建だった」と阿部会長。町内会が8月に実施したアンケートでも53%が「居住地を
離れない」と答え、「転居したい」(15%)を上回った。
 現地再建を前提に住民は動きだしたが、皮肉なことに市が復興計画で取り組む津波防御策が、住民に新たな不
安を芽生えさせる結果になった。
 市は当初、海岸線に高さ6.2メートルの堤防を築き、県道塩釜亘理線を6メートルかさ上げする防御策を示し、そ
れに基づくシミュレーションを作った。
 この段階で津波は従来より北上し、白鳥地区には最大4以上メートルの浸水被害が予測されることが判明。その
後、堤防を7.2メートルに引き上げることで浸水の深さが減ることが分かったが、市は同地区を対象に2階以上の
階に居室を設ける建築制限を中間案に盛り込むことにした。
 
<移転含め再考を>

  説明会でも市は「同地区は津波到達が遅く、2階への避難で一定の安全は保たれる」(都市計画課)と新たな制
限に理解を求めた。
 ただ、住民の間では、海岸線に近い蒲生地区などの住宅があったことで、白鳥地区の被害が軽減されたとの意識
が強い。「集団移転で蒲生地区の住宅がなくなれば、ここの被害は拡大する」と訴える声もあった。
 現住地で安全に住み続けられるようにするための建築制限であっても、その基になったシミュレーションは住民の
心理に波紋を広げている。出席者の一人は「現地再建だけに固めてほしくない。集団移転も含めた対応を再考して
ほしい」と語った。
 
<メモ>仙台市は中間案で、予想浸水深が2メートルを超える県道塩釜亘理線の東側全域などを「災害危険区域」
に指定すると明示。住宅の新築・増改築を禁止し、集団移転の対象とした。白鳥地区には、建物を新築・増改築す
る際、2階建て以上とし、居室も2階以上に設けることを求める制限を設けた。
 

(2)県道に揺れる(仙台市宮城野区・新浜、南蒲生地区)/現行ルート、

残留阻む

 

 
河北新報2011年10月05日水曜日
 
<「第2の防波堤」>
 
 「住民の声を反映させると言っても、市は『移転』一辺倒ではないか」 仙台市宮城野区で1日開かれた東部地域
まちづくり説明会で、新浜地区の男性が語気を強めた。
 住民が要望してきた県道塩釜亘理線の東側への移設が復興計画中間案に盛り込まれなかった  ため、このまま
では自宅に住み続けられなくなる。
 県道塩釜亘理線は、かさ上げによって、津波被害を軽減する「第2の防波堤」と位置付けられている。町内会関
係者によると、住民らは同県道を現在地より東に移すことで、同区の南蒲生、新浜両地区で約200世帯が現住地
に住み続けられると考えた。
 だが、市の津波浸水シミュレーションでは県道を東側に移した場合、移設後の県道の西側に住居移転の対象と
なる深さ2メートル以上の浸水域が生じてしまった。市は結局、中間案では県道ルートを現在のままとし、東側全て
を移転対象の「災害危険区域」に組み入れた。
 
<変更求め陳情へ>
 
 市がシミュレーションで前提とした海岸防波堤の高さは、国が構想する7.2メートルより1メートル低い6.2メート
ル。国が沿岸部への整備を検討している「人工の丘」などで、津波の威力が減衰される効果も盛り込まれていない。
 諦めきれない住民からは「市は現行ルートで、という当初の方針を変えたくないだけでは」との声も聞かれる。
説明会後、南蒲生町内会の中島正志会長(71)は「浸水シミュレーションも不完全。移転するための支援策も進展
がない。失望して発言もできなかった」と残念がった。
 南蒲生と新浜の両町内会は今後、あらためて県道の移設を求める陳情書を市に提出する方針。最終的に移転区
域を決めることになる市議会にも働き掛け、現住地での住宅再建を図りたい考えだ。
 
<住民に温度差も>
 
ただ、住民の意識に温度差があることも否定できない。新浜町内会が実施したアンケートでは、移転を希望する住
民と現地に住み続けたいとする住民がほぼ同数だった。
 新浜町内会の平山新悦会長(69)は「移転に賛成する住民、反対する住民ともに、行政がどこまで住宅再建を支
援してくれるのかを見極めている状態」とみる。
 集団移転に伴う現行の国の支援制度は、住宅建設資金の利子補給や引っ越し経費の助成などしかなく、土地の
買い上げなどについて明確な方針は示されていない。
 南蒲生地区の女性(84)は「できることなら移転したいが、移転先の土地の価格は震災前の水準でも2倍。先立
つものがないと何もできない」とこぼす。
 
<メモ>国の防災集団移転促進事業では、移転対象地区の住民が仙台市の確保する移転先で自宅再建を目指す
場合、土地購入や家屋の建設に対して最大406万円の利子補給が受けられる。だが、集団移転先以外での再建に
は利子補給がない。住居移転に伴う費用は移転先に関係なく、最大237万円の補助が受けられる。市は現在、制
度の拡充を国に要望している。
 
 
 

(3)重い線引き(仙台市若林区・種次、井土地区)/移転境界、町内を

分断

 

 
河北新報2011年10月07日金曜日
 
<割れる住民希望>
 
 仙台市若林区種次地区は、市の復興計画中間案で一部地域が「災害危険区域」候補地となった。このまま進めば、
約30世帯が集団移転対象となる。約120世帯でつくる種次町内会も、この「線引き」で分断される。
 区内の仮設住宅団地で4日夜開かれた区と種次町内会役員との意見交換会。役員らは区域の内か外かで、これか
らの生活再建の姿が大きく変わる住民の疑問を代弁した。
 「海岸堤防を整備しても戻れないのか」「区域外でも、移転を前提に自宅を解体した人もいる。集団移転と同様の支
援はないのか」 町内会の大友文男会長(79)は「町内を分断する線引きに納得がいかない。住民の意向を聞いてか
ら決めてほしかった」と憤る。
 だが、町内の全世帯が一致して、移転か現地再建かを決めるのも容易ではない。全体の約6割が「現地再建」を希
望しているとはいえ、危険区域候補地になっていても残りたいと言う人もいれば、候補地外でも移転を望む人もいるか
らだ。
 
<二重ローン心配>
 
 全域が危険区域候補地となった若林区井土地区では、約100世帯のうち10世帯ほどが現住地での自宅再建を考
えているという。
 「先祖から受け継いだ土地を残したい」。農業大友幸夫さん(61)は現住地での自宅再建を望む。家族は皆、移転を
望んでいるというが、大友さんだけは愛着のある土地を諦めきれない。
 全域が危険区域候補地となっても、なお移転をためらう住民がいるのは「土地への愛着」だけが理由ではない。移転
に伴ってかかる多額の費用も一因だ。
 市が2日、井土地区の住民を対象に開いた説明会では「国の補助はどうなっているのか」「移転先の地価が高い」と
の声が相次いだ。
 集団移転に伴う国の支援制度は被災した宅地を買い上げる方向を示してはいるが、仙台市の家屋全壊地域の地価
は30〜60%下落したといわれ、移転先の土地との価格差を懸念する住民は多い。
 市は「被災前の価格で買い取るよう国に求めている」(都市計画課)と理解を求めるが、井土町内会の菊地完会長
(65)は「二重ローンを抱える人も出る。移転先の土地と等価交換するなどの支援を求めたい」と訴える。
 
<「戻りたくない」>
 
 一方、危険区域候補地から外れた住民も思いは複雑だ。若林区荒井に住んでいた看護師笠松愛実さん(26)は希望
すれば自宅で暮らすことが可能だが「堤防が整備される前に再び津波が来たらと思うと怖い。戻りたくない」と移転を切
望する。
 移転と現地再建。それぞれの事情を抱えながら生活再建を目指す被災者にとって、危険区域を指定する「線引き」が
持つ意味は重い。
 
<メモ>仙台市の津波浸水シミュレーションは、東日本大震災と同規模の津波が来る場合を想定。中間案は県道塩釜
亘理線を6メートルにかさ上げし、海岸・河川の堤防を7.2メートルに整備した際の津波浸水深を解析。最大浸水深「4
メートル以上」と想定された地域を「災害危険区域」に指定し、原則的に住居の移転を求めている。大半が県道塩釜亘
理線の東側だが、井土、種次両地区などは同県道西側も一部を危険区域候補地にしている。
 
 

(4)被災農地買い上げず(仙台市若林区・藤塚、荒浜地区)/職住分離、

通勤農業へ

 

 
河北新報2011年10月11日火曜日
 
<農家には抵抗感>
 
 東日本大震災による津波は、仙台市内の農地の3割に当たる約1800ヘクタールに浸水被害をもたらした。市が示した
震災復興計画中間案は、こうした浸水農地の利用を制限していない。
 津波による浸水が2メートルを超える場所を「災害危険区域」とし、集団移転の対象とする宅地とは、大きく異なる対応。
背景にあるのは、国による支援の違いだ。
 国は移転対象の宅地を買い上げる方針を打ち出しているが、被災農地は対象にしていない。市も「宅地跡の買い取りだ
けを考えている」(都市計画課)と強調する。導き出されるのは、移転先からの「通勤農業」だ。 長く職住一体を続けてきた
農家には当然、抵抗感もある。
 「田畑と住宅は農家にとって一心同体。一緒に買い上げてもらい、移転先で農業を続けたい」 名取川と太平洋に挟まれ、
全域が危険区域に含まれる若林区の藤塚地区を対象に開かれた説明会で、男性が訴えた。
 
<津波避難に不安>
 
 災害危険区域の農地での作業は、津波時の避難にも不安を残す。市は沿岸部の農地の間に退避用の公園(丘)を設け、
市中心部へ向かう避難道路も整備する計画だが、高齢化が進む農家にとっては「通勤」も「避難」も重い負担となる。
 復旧までの時間も気掛かりだ。市と仙台農協は年内にもがれき撤去を終える。壊滅的な被害を受けた沿岸の4カ所の排
水機場も来年6月には仮復旧する見通しで、段階的に3年で被災農地全域での作付け再開を見込む。
 だが、地元の藤塚地区での農業再開を望む斎久義さん(62)は「いい土が流れ、海水に漬かった土の入れ替えに時間が
かかる。本当に3年で作付けできるのか」と疑問視。「作付けできない期間が長引くと営農意欲も低下する」と心配する。
 
<集約化は未知数>
 
 市は中間案に仙台東部道路より東側の農地を「農と食のフロンティアゾーン」と位置付けた農業再生策を盛り込んだ。被
災農地の集約による大規模化が大きな柱になっている。若林区荒浜地区の農業大学源七郎さん(70)は「農業をやめたい
という人もおり、個々の再開は厳しい。農地を守るために大規模化はやむを得ない」と方針に理解を示す。
 ただ、これまでも思うように進まなかった集約化が計画通りに進むかは未知数。「復旧が終わった農地からまだらに作付
けが始まれば、大規模化は必要ないという心境にならないか」(市幹部)と危惧する声もある。 早期復旧が大規模化の道
を閉ざしかねない。被災農地の再生は、そんな矛盾を抱えている。
 
<メモ>仙台市内で被災した生産農家は941戸(3月末現在)。市が震災復興計画中間案で示した「農と食のフロンティア
プロジェクト」は(1)農地の復旧と再生(2)農業者の経営基盤強化支援(3)都市近郊農業の展開(4)6次産業化の促進―
が柱。被災農地を集約し大規模化を目指すほか、法人化など農業経営体の見直しを図る。稲作中心から市場競争力のあ
る野菜・花卉(かき)栽培への転換も促す。
 
 

(5完)移転先どこに(宮城野区・蒲生地区 若林区・荒浜、藤塚地区)/

具体案見えぬ地区も

 


 
河北新報2011年10月12日水曜日
 
<住民は近隣希望>
 
 「背後地への移転は、土地や生活道路などの面で課題が多い。(背後地の区画整理事業を進める)宮城県と話し合いは重
ねるが、期待されすぎても困る」 奥山恵美子仙台市長の言葉は、実質的な「無回答」だった。9月27日、仙台港背後地(宮
城野区)への移転を望む蒲生地区(同)の住民代表との会談でのことだ。
 市が震災復興計画の中間案で示す移転先は、宮城野区の岡田、田子と若林区の荒井、下飯田の4地区。市長の言葉は暗
に、市が蒲生地区の住民向けに想定する田子地区への移転を促すものだった。
 土地区画整理事業が進む田子地区は、移転先候補4地区の中で最も早い2012年度末から住宅着工できる見通しだ。だ
が、住民の多くは約6キロ離れた田子よりも、近隣の背後地への移転を希望している。県が20年前から産業拠点として区画
整理を進める背後地には、かつて蒲生地区の農家らの田畑があったという縁もある。
 背後地への移転を望む蒲生地区4町内会の一つ、和田町内会の高橋実会長(73)は「住民とともに140年歩んできた中野
小とともに背後地に移りたい」とコミュニティー一体での移転を願う。
 
<高い地価に不安>
 
 荒井地区の中でも、荒井東地区では田子地区と同様に区画整理が進む。住宅着工は13年度から可能だが、移転先として
示された若林区荒浜地区の被災者には、地価が気掛かり。市が2015年開業を目指す地下鉄東西線荒井駅に近いこともあ
り、地価は移転先候補4地区の中で最高水準だ。
 農家の間では「災害危険区域」候補地から外れた近隣の所有農地を宅地転用しようという動きもある。農家の一人は「荒井
は地価が3倍以上。移るなら地価が安く、荒浜に近い方がいい」と打ち明ける。
 一方、田子と荒井東以外の地区ではまだ、地権者との話し合いも進んでいない場所も多い。住宅着工見通しは14年度末以
降で、それも「造成工事が終わったエリアから」(仙台市)という不透明さがつきまとう。
 
<地縁解体を心配>
 
 全域が危険区域候補地となっている若林区藤塚地区は下飯田周辺への集団移転が想定されているが、候補地が広範で、
どこが新たな居住地となるか、まだ見えてこない。
 藤塚町内会の東海林義一会長(69)は「移転と決まれば、早く移りたいのが本音。だが、移転先や住宅が建てられる時期が
はっきりしないと、子や孫を頼って、別の土地へ行ってしまう人も出てきかねない」と地縁の解体を心配する。
 市は今月と12月、被災住民を対象に希望移転先を調査する。移転候補地ごとに必要な造成規模を見極める目的だが、今
後の行政の移転支援策の内容によっては、数字が大きく動く可能性がある。
 被災者の生活再建を一刻も早く軌道に乗せるため、行政は判断材料となる情報を順序立てて提供していく必要がある。(報
道部・馬場崇、亀山貴裕、佐々木絵里香)
 
<メモ>仙台市は集団移転先で住民が住宅工事に着工できる時期を、宮城野区田子が2012年度末、若林区荒井東が13
年度、その他の移転先を14年度末以降と想定している。住民は造成地を買い取るか、借りるかするが、提供できる標準的な
面積について市は70坪(約230平方メートル)としている。このほか、自力で住宅を確保できない住民を対象に、災害公営住
宅も計約2000戸整備する方針。13年度から順次使用開始する。


 

 

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